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福岡高等裁判所 平成8年(ネ)646号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

松藤商事株式会社

右代表者代表取締役

松藤悟

右訴訟代理人弁護士

福地祐一

被控訴人(附帯控訴人)

上野政晴

右訴訟代理人弁護士

渡邉富美子

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一二〇五万六六七二円及びこれに対する平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  附帯控訴費用を除く訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その二を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。

四  この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中、控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、金二五七九万八九七七円及び内金二三七九万八九七七円に対する平成五年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人が、タンクローリー車に乗務して、カラーアスファルトの運送業務に従事していたところ、その作業中に、アスファルトから気化したガスによる引火、爆発事故に遭って負傷し、後遺症を残したとして、控訴人の安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為に基づいて、損害賠償の支払を求めた事案である。

その当事者の主張は、以下に訂正、付加、削除するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 当事者の主張」の欄に摘示のとおりであるから、これを引用する。

〈別添参照〉

第三  争点

本件の主な争点は以下のとおりである。

一  控訴人は、被控訴人に対する安全配慮義務を尽くしていたか、又は、控訴人に被控訴人に対する安全配慮義務違反があったか。

二  被控訴人の過失の有無。

三  被控訴人の逸失利益(労働能力の喪失の有無とその程度)。

第四  証拠

証拠は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第五  争点に対する判断

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、アスファルトの性状等につき、原判決の「事実及び理由」の「第四 当裁判所の判断」の一の2及び3〈別添参照〉に説示の事実を認めることができる。

二  控訴人の安全配慮義務の存否及びその履行又は義務違背の事実について判断する。

1  証拠(甲七の1ないし22、甲八の1ないし7、甲九の1ないし12、甲一〇、甲一一、甲二二、甲二三、乙一、乙二、乙三の1ないし4、乙四、乙五の各1、2、乙七、乙九、乙一一、乙一二、乙一三の1、2、乙一四、乙一五、原審証人三苫、同吉田、当審証人森本、原審及び当審被控訴人)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) カラーアスファルトの性状は、前記一に認定説示のとおりであるほか、その引火点は二六五度であって、バーナーの火を直接にかけると燃焼し、また、控訴人の従業員の中には、タンク内で過加熱したため、自然発火した例を聞き及んでいる者もいる。カラーアスファルトを、タンクローリー車のタンク内に加温して貯蔵している場合には、タンク内に「ベーパー」と称される臭気のあるガスが発生し、通常はそれをタンクの上部からパイプを通して、タンクローリーの下部に排出しているが、タンク上部のマンホールの蓋を開けた時に、そのガスが立ち昇ることもあり、現に、請求原因2記載の事故(以下「本件事故」という。)の際も、被控訴人は、生ガスのような気体が自分の方にふりかかってきたことを認識している。しかし、その化学的な組成については、製造元の秘密であって、控訴人においても知る者がない。

(二) 控訴人において、通常の黒色のアスファルトは、納品の単位が大きく、納入先のタンクに入るだけをタンクローリーに積載して納品先に行き、全量を納入するため、荷下ろし用のホースに付着したアスファルトをタンクに戻す作業の必要はない。しかし、カラーアスファルトは、納品の単位が一〇リットル単位であるため、納品後、荷下ろし用のホースやジョイントに付着したアスファルトを取り除かなければ次の作業に差し支えが生じることと、商品が高価であることから、右のホース等からアスファルトを回収してタンクに戻すこととされていた。そして、右の回収作業のため、タンクローリーにプロパンガスを燃焼させるバーナーと回収用のペール缶が積載されており、乗務員は、荷下ろし作業の終了後、右バーナーを用いてホース等を加熱し、付着したカラーアスファルトを溶解して、ペール缶に回収し、さらに、回収したアスファルトがペール缶内で冷えて固まった場合には、ペール缶をバーナーで加熱した上、タンク上部のマンホールからタンク内に戻す作業をしていた。

(三) 被控訴人は、当初黒色のアスファルトのタンクローリーに乗務し、後にカラーアスファルトの輸送に従事するようになったが、いずれの場合も、当初、各二回程度、先輩の乗務員が同乗して、作業の手順を教示していた。その際に与えられた注意は、主として、アスファルトが熱せられているので身体にかからないようにすることであって、火気の使用についての注意はなかった。そして、被控訴人は、勤務中に同僚らがバーナーを使用している状況等を見聞して、それに倣って、ペール缶に回収したカラーアスファルトをタンクに戻す際に、タンク上でバーナーを使用してペール缶を加熱するようになった。

(四) 本件事故が発生した控訴人の福岡営業所の車庫は、二階が事務室となった建物の一階部分にあり、三方が壁で一方が開放された構造をなしている。車庫内は、第四類の危険物(オイル)の貯蔵所として火気厳禁の札が貼付されているほか、プロパンガスボンベ等も置かれているが、本件事故前は、翌日の配送に備えて加温装置(タンク下部に灯油を噴霧して燃焼させる構造になっている。)を動作させたままでタンクローリーを駐車させることもあり、乗務員が車庫内で喫煙することも黙認されていた。

(五) 控訴人は、タンクローリーの乗務員を対象に、危険物取扱者の免状を取得させ、社団法人福岡県危険物安全協会の主催する危険物取扱者保安講習を順次受講させて、その状況を台帳に登載して管理している。また、控訴人は、安全、サービス、規律等について、年一回の研修も実施しているが、その内容は、作業中の指差呼称の励行と交通安全に主眼が置かれていたものである。また、乗務員を新規に採用した際にも研修を実施しており、その内容は、消防法や石油製品の危険性等の講義を含み、その後に添乗指導を行うというものであったが、添乗指導の際の点検項目には、作業手順の確認と交通安全に関する項目は掲げられているが、火気の使用につき意識的に点検された形跡はない。

なお、被控訴人は、控訴人にアルバイトとして採用された後の昭和五九年一二月一七日に、丙種危険物取扱者の免状を取得している。

(六) 控訴人においては、その就業規則上「火気もしくは引火性の物品を取扱うときは、防火上細心の注意を払うこと」との一般的な災害防止の努力義務が定められているほか、特にアスファルトの取扱いにつき、本件事故の前からアスファルト荷卸作業基準が定められていたが、右作業基準には火気の使用についての注意事項はない。そして、本件事故後に、右基準を元にカラーアスファルト荷卸作業基準が定められ、アスファルトをタンク内に戻す際の火気の使用を制限し、タンクローリーのそば及びタンクローリーの上では絶対に火を使ってはならない等の注意事項を付加した。また、カラーアスファルトのタンクローリーへのバーナーの積載を中止し、車庫内でのタンクローリーの加温装置の使用及び喫煙を禁止した。

(七) アスファルトに関連した事故事例として、昭和六三年一一月、インドのボンベイの製油所で、ビチューメン(アスファルト、タール等道路舗装用の炭化水素化合物)を積載中のトラックで爆発が起き、製油所のタンクに延焼した例が報告されている。

2 以上の事実に基づいて控訴人の過失について検討する。

(一)  一般に、使用者は、その雇用する労働者の就業中の安全について配慮すべき雇用契約上の注意義務を負っているところ、以上に説示のカラーアスファルトの性状、その配送作業の内容、タンクローリーの構造等の事実に照らすと、本件において、控訴人は、カラーアスファルトの配送作業の過程で火気の使用が不可欠である一方で、これが可燃物であって、加熱することによりガスが生じることの知見を有していたのであるから、その引火・爆発の可能性を予見した上、火気の使用を含めた作業手順を策定し、その周知徹底を図る等の方法により、従業員の安全を確保すべき注意義務があったといわなければならない。

(二)  しかるに、控訴人は、一般的なアスファルトの配送作業の作業手順の規定を定め、従業員に対する安全面を含めた研修も実施していたが、その内容は、いずれも火気を使用する場合の危険性に配慮したものとはいうことができず、また、日常の業務においても、火気の管理を徹底せず、タンク上部での火気の使用や、車庫内での加温装置の動作、喫煙等を黙認していたものであるから、控訴人に求められる前記の安全配慮義務を尽くしていたとは到底認めることができない。

(三)  右の点に関し、原審証人三苫、同吉田及び当審証人森本は、いずれも、バーナーをタンクの蓋を開けた状態でタンクの上で使うことはなく、そういう人がいたら注意する旨の証言しているが、前記認定事実のとおり、車庫内での火気の使用や喫煙が黙認され、控訴人の社内の規律面でアスファルトと火気の関係について十分な注意を尽くしていなかったことが明らかであることなどを考慮すると、右の各証言はいずれも採用し難いものといわなければならない。

3 控訴人は、本件事故は、被控訴人の一方的過失によって生じたものであるか、そうでなくても被控訴人に重大な過失があるから少なくとも八五パーセントの過失相殺がなされるべきであると主張し、被控訴人は、被控訴人には過失相殺されるべき過失はないと主張するので、この点について検討する。

(一)  既に説示したとおり、本件事故が被控訴人の一方的過失によって生じたものということができないことは明らかであり、控訴人の無過失の主張は理由がない。

(二)  しかしながら、労働者の就業中の安全については、その責任を一方的に使用者に負わせることは相当ではなく、労働者自身にも、自らの作業を管理し、安全を確保すべき注意義務があるといわなければならない。これを被控訴人についてみるに、前記認定事実によれば、被控訴人は、タンクローリーに乗務し、事業所外に出てカラーアスファルトを配送した後、ホース等に付着したアスファルトをタンクに戻すまでの業務に従事し、その間、必ずしも使用者の直接の指揮監督下になく、自らの状況判断に従って行動すべき部分もあったといえるから、被控訴人においても、作業上の危険を予知し、それを避けるべく行動すべき注意義務があったといわなければならない。また、被控訴人が危険物取扱者の免状を有していたことは、右の注意義務を裏付けるものであるというべきである。そうすると、被控訴人が、カラーアスファルトから発生する臭気のあるガスの存在を知り、また、控訴人の車庫内に火気厳禁の札があることを知りながら、タンクの蓋を開けて、タンク上で漫然とバーナーの火器を使用したものであって、そこに、労働者自らが負うべき安全上の注意義務に反した過失があるといわざるを得ない。

(三)  右過失を、前記のとおりの被控訴人の過失と対比すると、その割合は被控訴人について三割と認めることが相当である。

三  被控訴人の損害について

1  治療費が全額支払済みであることは当事者間に争いがない。

2  被控訴人の入院雑費及び付添看護費についての当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」の「第四 当裁判所の判断」の五及び六の3、4(ただし、原判決一五枚裏八行目から同一六枚目表四行目まで、及び同一六枚目裏七行目から同一七枚目表五行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。

3  入通院慰謝料について

前記認定事実によれば、被控訴人は、症状固定までに前後九〇日間入院し、一八九日間通院し、その間に皮膚移植手術等の苦痛を伴う治療を受けている事実を認めることができるところ、これに前記認定の諸事実を合わせ考えれば、被控訴人の入通院にかかる慰謝料は二〇〇万円をもって相当というべきである。

4  休業損害について

前記のとおり、被控訴人は、平成五年八月九日に受傷し、平成六年六月一日に職場に復帰しているから、その休業期間は二九六日であると認められ、また、被控訴人の本件事故当時の年収額が四三〇万六八〇〇円であることは当事者間に争いがない(被控訴人は、当審において、平成五年四月から六月の給与支給額の四倍に年間賞与額を加算した四四六万四八〇四円を主張するが、被控訴人の給与支給額には超過勤務基礎手当が大きく影響しており〔甲五の1ないし3、甲二一の1ないし5〕、これは月による変動を伴うものと思料されるから、争いのない年間支給額を採用することが相当である。)から、その休業期間にかかる収入額は三四九万二六三七円(一円未満切捨)となる。

そして、被控訴人は、右休業期間中に、休業特別給付金として四四万三五八〇円(弁論の全趣旨)、平成五年の冬期賞与として三四万五五〇〇円及び平成六年の夏期賞与として二三万円(乙一七の1、2、なお、右支給額については、手取額ではなく、被控訴人が負担すべき金額を控除する前の金額を採用すべきである。)の合計一〇一万九〇八〇円の支給を受けているから、被控訴人の本件事故による休業損害は二四七万三五五七円となる。

5 逸失利益について

(一)  被控訴人は、本件事故により、左上肢関節屈曲伸展障害、熱傷瘢痕の後遺障害を残し、これが労働者災害補償保険法の後遺障害等級一〇級に該当することは当事者間に争いがない。

(二)  証拠(甲二二、原審及び当審被控訴人)によれば、被控訴人の後遺障害の現況として、以下の事実を認めることができる。

(1)  左肘の屈曲、伸展の範囲が限定されているため、洗顔や食事等の日常動作で腕を深く曲げなければならないときに不便があるほか、作業中に左腕を無理に伸ばすような動作があると、腕にしびれが出ることもある。また、汗腺が潰れているため発汗に支障があって炎天下の作業には支障があり、広範囲の熱傷の瘢痕のため、夏場でも半ズボンになれない状況にある。しかし、自動車の運転には支障がなく、軟式野球の練習や試合、あるいはゴルフなどのレジャーには参加している。

(2)  被控訴人は、平成六年六月一日に職場に復帰した後、ガソリン、灯油等を運搬するタンクローリーに乗務しているが、割り当てられた車両が、特定の顧客の商品を輸送する車両でない、いわゆるノーマーク車であるため、配送先や時間が不規則になり、またカラーアスファルトの配送に比べて、残業が減少している。被控訴人の給与は、基本給、付加給ともに上昇し、平成七年、平成八年の年間支給額は、本件事故前よりも増加しているが、平成九年に入ってからの手取額は、月額一五万円程度で、事故前よりも減少している。また、控訴人において能率給が導入された場合には、前記後遺障害のために、給与が減少する可能性がある。

(三)  右の事実によれば、被控訴人の前記後遺障害は、現状では明らかな労働条件の低下や収入の減少をもたらしているものではないが、それは右後遺障害による作業能率の減少を被控訴人自身の努力によって補っているという面があることが推認できることや、他に右に認定の諸事情を考慮すると、右後遺障害による労働能力の喪失を否定することはできない。そして、労働者災害補償保険法の後遺障害等級表上の一〇級の労働能力喪失率が二七パーセントとされていることに、前記のような諸事情を合わせ考慮すると、被控訴人の労働能力喪失率は二〇パーセントを下回らないものと認めることが相当である。

(四) 前記のとおり、被控訴人が平成六年五月一四日に症状固定の診断を受けた事実に争いがなく、被控訴人の本件事故当時の年収額は四三〇万六八〇〇円であると認められるほか、被控訴人は右症状固定の時(満三二歳)から満六七歳に達するまで三五年間稼働することができると認められるから、その逸失利益は、一三四三万二四七八円(ただし、ライプニッツ係数により中間利息を控除)となる。

4,306,800×(16.5468−0.9523)×0.20=13,432,478

6  後遺障害にかかる慰謝料について

以上の各事実及び事情に鑑みれば、被控訴人の後遺障害にかかる慰謝料は四二〇万円が相当である。

7  過失相殺

以上により、被控訴人の本件事故による右損害は二二三四万八五七九円と認められるところ、前示により、三〇パーセントの過失相殺をすると、その損害額は一五六四万四〇〇五円となる。

8  損害の填補

被控訴人が、労災保険から一時金給付等として三〇〇万〇三七〇円の給付を受けた事実は当事者間に争いがなく、証拠(甲二四の1ないし10)によれば、被控訴人が労災保険から療養休業補償給付金として一六八万六九六三円の給付を受けた事実を認めることができる。右によれば、被控訴人の未填補の損害は、一〇九五万六六七二円となる(なお、右一時金給付等は、被控訴人の損害賠償債務の内逸失利益に相当する部分〔過失相殺後の金額九四〇万二七三四円〕に、右療養休業補償給付金は、同休業損害に相当する部分〔過失相殺後の金額一七三万一四八九円〕に、各充当した。)。

9  弁護士費用

本件訴訟の内容、難易、右認容額等に鑑みると、本件の弁護士費用は一一〇万円が相当である。

四  まとめ

よって、控訴人は、被控訴人に対し、雇用契約上の安全配慮義務の債務不履行に基づく損害賠償として、一二〇五万六六七二円とこれに対する請求の日(本訴状送達の日)の翌日である平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

第六  結論

以上によれば、被控訴人の主位的請求は、金一二〇五万六六七二円とこれに対する平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、本件控訴に基づき、これと異なる原判決を主文のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却する。

(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官兒嶋雅昭 裁判官松本清隆)

別添〈原判決の事実摘示に本判決による加除訂正を加えたもの〉

第一 請求

控訴人は、被控訴人に対し、金二五七三万九六一八円及び内金二三七一万九六一八円に対する平成五年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 控訴人は、肩書地に本社を置き、福岡市に営業所を置いて、重油、プロパン、アスファルトなどの貨物運送、運送取扱事業などを主たる業務とする株式会社である。

被控訴人は、昭和五九年ころからアルバイトで、平成二年一一月一六日からは正社員として、控訴人に採用された従業員である。被控訴人は、控訴人の福岡営業所において、主としてアスファルト運搬のタンクローリー車の運転業務に従事していた。

2 平成五年八月九日、被控訴人は午前三時出勤で、仕事を終えて午前九時ころ、福岡営業所の車庫に戻った。被控訴人は、午前一〇時ころ、車の上で、二〇リットル缶に残っていたアスファルトをガスバーナーで暖めて溶かし、タンクの中に流し込む作業をしていたところ、突然アスファルトから気化したガスが引火、爆発して後記の熱傷を負った。

被控訴人は、当時カラーアスファルトの運搬に従事していたが、かねてから高価な商品であるので大切に扱うように指示を受け、ホースに残った商品なども缶に集めて、タンクに戻すようにしていた。

カラーアスファルトは約一七〇度の温度を保って貯蔵されており、運搬に際し、あるいは通常の容器などに置いておくなどして温度が下がると固まり、暖めて溶かさないと移すことができない。アスファルト運搬用の車も三年くらい前に控訴人会社が特別に発注した特殊自動車であり、タンク自体を石油を燃やした熱で暖め、アスファルトを液状にしてスムーズに取り出しができる装置が施してある。

ガスバーナーが営業所及び運搬の車に常時設置されており、タンクローリーのコックなどに、アスファルトが固まった部分をバーナーで暖めて溶かす処置をするよう指示がされていた。

3 控訴人会社としては、労働安全衛生法二〇条に定めるとおり、設備や発火性、引火性の物質による危険防止の措置をとり、かつ、同法二四条に定めるように、労働者の作業行為から生じる災害防止のために必要な措置をとる義務がある。商品であるアスファルトには、気化、引火しやすい物質も混入されており、あるいは高温の状態でのアスファルトは常温状態とは引火の危険も異なるのであるから、その商品の取扱上の具体的注意を重ね作業手順を定めるなど、労働者の安全のため災害防止の措置を講じる義務がある。また、労働安全規則二七九条の定めるとおり、火気の使用禁止、あるいはそれに準じる適切な措置をとるべき義務がある。

しかるに、控訴人は、労働者を業務に従事させるに当たり、営業所において漫然バーナーなどの発火器具を置き、労働者の安全教育をせず、また、火気などを使用する必要のある場合の作業手順も定めずに、単に先輩の作業手順を見習わせるのみで、危険防止の措置を講じていなかったのみならず、商品の無駄を省くためにガスバーナーで暖めさせるなど、危険きわまりない指示をしていたものである。

控訴人は、本件事故につき、控訴人の従業員の安全を保護すべき義務懈怠により、あるいは前記義務を尽くしていなかった場合、労働者に危険が及ぶことを予見できるのに注意を怠った不法行為により、被控訴人に後記の損害を生じさせた。

なお、被控訴人は、危険物取扱者免状(丙種)を有しているが、アスファルトは危険物ではなく、また、自己が運搬し取り扱っている商品の組成、引火、気化の危険性などについてはなんらの教育も受けておらず、その危険性について知ることはできないまま控訴人会社の業務に従事していた。

4 被控訴人は、本件事故により、平成五年八月九日から同年一〇月二日まで福岡済生会病院に入院し、熱傷の手当及び皮膚移植の手術を受けた。その後、平成六年二月一〇日から同年三月一六日まで福岡県小郡市の松崎記念病院に再入院し、皮膚移植、瘢痕拘縮除去手術を受けた。その後松崎病院に通院してリハビリを受けていたが、同年五月一四日症状固定の診断を受けたため、同年六月一日から職場に復帰した。

5 これによって被控訴人の受けた損害は次のとおりである。

(1) 傷害による損害

① 治療費

既に支払いを受けている。

② 入通院慰謝料 三〇〇万円

③ 入院雑費 一三万円

一日一三〇〇円の一〇〇日分

④ 近親者看護実費

一二万五五四四円

天神有料駐車場代金

六万九七〇〇円

高速道路など通行料金

一万〇五九〇円

ガソリン代 四万五二五四円

⑤ 休業損害 九五万二四六一円

年収 四四六万四八〇四円

(事故前三か月の給与の合計の四倍に夏期及び冬期の賞与を加えたもの)

休業日数 二九六日(平成五年八月九日から同六年五月三一日まで)

休業損害 三六二万〇七七二円

填補 二六六万八三一一円

内訳

平成五年冬期賞与

三三万三〇八一円

平成六年夏期賞与

二〇万四六八七円

休業特別給付金 四四万三五八〇円

労災保険給付金

一六八万六九六三円

(2) 後遺障害等による損害

後遺障害等 左上肢肘関節屈曲伸展障害、熱傷瘢痕(一〇級)

① 慰謝料 四二〇万円

② 逸失利益

二三五七万六四九九円

年収 四三〇万六八〇〇円

就労可能年数 三六年

労働能力喪失率 二七パーセント

なお、控訴人は、右の逸失利益につき、被控訴人は職場復帰後、従前どおりの待遇を受けているから、逸失利益はないと主張するが、被控訴人が現実に得ている収入は、被控訴人が得ることのできる収入より著しく減少しているし、今後も給料増加の可能性は、毎年のわずかな昇給しかない。また、運転手は、その職種上、比較的転職が自由であるが、被控訴人の場合、本件事故の後遺症のため、転職の可能性も著しく狭められているのであって、逸失利益があることは明らかである。

③ 損害の填補

三〇〇万〇三七〇円

(3) 弁護士費用 二〇〇万円

6 よって、控訴人に対し、主位的には、安全配慮義務違反による債務不履行により、予備的には、不法行為により右損害金三〇九八万四一三四円のうち金二五七九万八九七七円及び弁護士費用を除く内金二三七九万八九七九円に対する平成五年八月九日(事故の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する被告の認否及び主張

1 請求原因1、2項は認める。同3項は否認する。ただし、アスファルトの性状に関する部分は概ね認める。同4項は認め、同5項のうち、被控訴人の後遺障害の存在、その等級、被控訴人の収入の各事実は認めるが、その余は争う。特に、逸失利益につき、被控訴人は、労働協約や就業規則によって、その身分が実質的に保障されており、現に前記のとおり職場に復帰後は、従前どおりの待遇を受けているので、後遺症による逸失利益はない。

2 アスファルトは、石油精製の際に残留物として得られるもので、一般に道路舗装等の用途に用いられ、常温では固体であるため危険性が少ないとして消防法上は「危険物」の指定から除外されている。しかし、加熱すれば液状化し含有されている引火性物質が気化し、引火のおそれがあるため、同法所定の「政令で定める可燃物等」に指定されている。昭和六三年改正前の消防法では、アスファルトは「準危険物」とされていたものである。したがって、危険物に準じて慎重に取り扱われるべきものである。

これらのことは、危険物取扱者免状を有し石油類のタンクローリー輸送に従事している者なら誰でも知っている常識である。被控訴人は、昭和五九年九月に控訴人会社に採用されて以来約九年間一貫してアスファルトローリー車に乗務してきたベテランの乗務員である。

控訴人会社のアスファルト担当の三苫恵治班長は折にふれ、アスファルトが引火の危険のある物であり、火気の取扱いについては危険物と変わらない注意をするよう被控訴人を含むアスファルト担当乗務員に指導をしていた。

3 アスファルトは、常温では固体であるため、タンクローリーで運搬する際には、積込み、荷下し作業に支障を来さないように高温に加熱し液状化されている。特にカラーアスファルトの場合は、樹脂類が混入されているため普通のアスファルトに比べて少し冷えると固まりやすく、一五〇度C以上の温度を保っていないと荷下しに支障が生じる。そこで、本件事故のあったカラーアスファルト用の新型タンクローリーには、タンクに貯蔵中のカラーアスファルトを一七〇度Cくらいに保つための加温式設備が施されていた。

アスファルトの荷下し作業に際しては、どうしても冷えて固まったアスファルトが荷下ろし用のホース内に残留し、またホースを連結させる荷下ろし先の受入口のフランジやジョイント部分に固まったアスファルトが付着することが避けられない。したがって、その後の荷下ろし作業に支障を来さないためにガスバーナーを使用して荷下ろし作業の前にフランジやジョイント部分を加熱し付着したアスファルトを取り除き、荷下ろし作業後には荷下ろし用ホースの外側からガスバーナーで加熱してホース内で固まって残留しているアスファルトを溶解させ、全部流し出して備え付けのペール缶に回収してタンクに戻す必要がある。そのため、カラーアスファルトローリーには、ガスボンベ付きのバーナーが備え付けてあった。

4 被控訴人は丙種危険物取扱者の免状を持ち危険物全般についての知識を有し、しかも、当時約九年間のアスファルトローリーの乗務経験があり、かつ、控訴人会社の指導教育を受け、アスファルトの性質及びその危険性について十分な認識を有していたはずであり、更にカラーアスファルトローリー乗務に当たっては、ペール缶で固まったアスファルトをガスバーナーを使用して固まったアスファルトを溶解させた後にタンクに上がってタンク内に戻すように具体的な指導を受けていた。

しかるに、被控訴人は、火気について特に注意して慎重に取り扱うべきカラーアスファルトが当時約五トンもタンク内に貯蔵されていたタンクローリーの上に登り、タンクのマンホールの蓋を開放したままガスバーナーに点火し、マンホールに被せるように傾けたペール缶の底を加熱する作業を開始したことは、タンク内のカラーアスファルトから気化したガスに引火して爆発を引き起こすおそれのある極めて危険な行為であることは危険物について特別の教育を受けていない一般人でもすぐに分かることであり、まして被控訴人のキャリアと受けた教育、指導に鑑みれば、被控訴人の右行為は常識では考えられない不注意な行為といわざるをえない。

したがって、本件事故の発生は、被控訴人自身の重大な過失によるものであり、控訴人に責任はない。

仮に、控訴人に安全配慮義務違反があるとしても、被控訴人にも右のとおり重大な過失があるので、少なくとも被控訴人につき八五パーセントの過失相殺がなされるべきである。

三 控訴人の主張に対する被控訴人の答弁

1 控訴人の主張2項は、アスファルトの性状については認めるが、その余は否認する。

2 同3項は認める。

3 同4項は否認する。

被控訴人に過失があるとしても、それは、火気厳禁の車庫内でバーナーを使ったこと、火気の使用について甘く考えていたところがあったことに尽きるもので、本件の事故の原因は、従業員に対して業務上の安全につき責任を負うべき控訴人の安全対策の欠如、むしろ無視ともいえる業務のさせ方にあったものである。したがって、右を被控訴人の過失と評価することはできないし、仮にこれが過失と評価されるとしても、その過失割合は極めて小さいというべきである。

別添〈本判決第五の一で引用された原判決の認定部分〉

2 アスファルトは、一般には、常温では固体であるため危険性が少ないとして消防法上は「危険物」の指定から除外されているが、加熱すれば液状化し含有されている引火性物質が気化し、引火のおそれがあるため、同法所定の「政令で定める可燃物等」に指定されている。消防法が昭和六三年に改正されるまでは、アスファルトは「準危険物」とされていた。

3 アスファルトは、常温では固体であるため、タンクローリーで運搬する際には、積込み、荷下し作業のために高温に加熱し液状化されている。特にカラーアスファルトは、樹脂類が混入されているため普通のアスファルトに比べて少し冷えると固まりやすいため、本件事故のあったカラーアスファルト用の新型タンクローリーには、タンクに貯蔵中のカラーアスファルトを一七〇度Cに保つための加温式設備が施されていた。

アスファルトの荷下し作業に際しては、どうしても冷えて固まったアスファルトが荷下ろし用のホース内に残留し、またホースを連結させる荷下ろし先の受入口のフランジやジョイント部分に固まったアスファルトが付着することが避けられない。そのため、ガスバーナーで荷下ろし作業の前にフランジやジョイント部分を加熱して付着したアスファルトを取り除き、荷下ろし作業後には荷下ろし用ホースの外側からガスバーナーで加熱してホース内で固まって残留しているアスファルトを溶解させ、全部流し出して備え付けのペール缶に回収してタンクに戻す必要がある。

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